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ことのは

ろう教育フォーラムに出席しました。
毎年、出席するたびに
やりきれない思いがいたします。

手話は、ろう者の言葉です。
それなのに
手話は後付けにして
とにかく音声言語を身に付けろ、と。
つまりは
聴こえない子どもたちに
聴こえる子どものようにふるまえ、と。

昔。
敗戦国や隷属国の人たちに対し
支配する者たちがまず行ったことは
「言葉を奪う」ことであったと。

子どもの時に読んだ物語に
「最後の授業」というおはなしがありました。
戦争で敗れ、ドイツの支配下に置かれるため
「ドイツ語しか教えてはいけない」こととなった
フランス・アルザス地方の学校での
最後のフランス語の授業が舞台です。
授業の中で、フランス語の先生はこういいます。

「ある民族が奴隸となっても、
その母語を保っている限りは
その牢獄の鍵を握っているようなもの」

言葉とは文化であり、アイデンティティです。
それを奪うのは
その人そのものを否定することと同じ。
ゆえに
聴こえない子どもから
手話を取り上げてはいけないと思うのです。

世の中は
聴こえる人たちの方が圧倒的多数だから
少数派である聴こえない人たちは
「聴こえる人の社会」に従え、と?
それって本当の意味での民主主義なの?

そもそも
当事者であるろう者の声を聴かず
聴こえる人間が決定するっていうのが
おかしな話だと思うのですが。
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Secre

プロフィール

まっくろくろすけ

Author:まっくろくろすけ
職業:病院職員、手話通訳
趣味:読書、パズル(特にナンプレ)
性格:真面目で硬そうに見えて
   実はだるだる
   しっかりしていそうで
   どこか抜けている
好きな言葉:
 「微力だけど無力じゃない」
 「過去と他人は変えられない。
  未来と自分は変えられる」
座右の銘:ケセラセラ
   (なるようになる)

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