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バリバリ

氷を食べるのが好きです。
ファーストフード店でアイスコーヒーを注文すると
必ずカップの蓋を外して
残っている氷をガリガリ食べてしまいます。
いい大人がみっともない、と分かっているのですが
やめられないのです。
家でも、毎日ガリガリ食べてしまうので
冷蔵庫を購入する際は
「自動製氷機能が付いていること」が最低条件でした。

美味しい、というよりもとにかく
ガリガリかじるとスッキリするのです。

鉄欠乏性貧血の症状のひとつとして
栄養価のない物を食べてしまう「異食症」というのがあって
ひどい場合は土や紙などを食べてしまうこともあるけれど
その多くは「氷食症」といって氷を好んで食べるそうです。
それを知った時、
私のこの症状はまさしくこれだったのか、と
目からうろこ、妙に納得してしまいました。

実は私がガリガリ食べたいものは
氷以外にもあります。
それは、おせんべいとかあられとかの
歯ごたえのある乾き物なのです。
グリーン豆とか、イカフライも然り。

ダイエットのため
カロリーの高いものや炭水化物を控えるよう心掛けているのですが
バリバリした乾き物ってほとんどが高カロリーです。

私のダイエットがなかなかうまくいかないのは
実はこれが敗因なのではないかと
密かに分析しているのですが。
困ったものだな、と悩みつつ
今もガリガリしています。

8月がくるたびに

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この本についても以前、同じことを書きましたが。

「ふたりのイーダ」で広島の原爆のことを知り
では長崎ではどうだったのか、と手に取った本が
「8月がくるたびに」でした。
この本は、1971年の課題図書でもありました。
子どものころの私は
読書は好きでしたが、課題図書は苦手でした。
大人から「これを読め」と強要されているような気持ちになるのが嫌でしたし
課題図書で読書感想文を書く同級生がほとんどだったため
なんとなく、書きづらかった、と言いますか・・・
それでも何故だか、この本を読まなければ、と思ってしまったのです。

私が読んだ初版は一度絶版になり
現在は装丁や挿絵などガラリと変わったものが出版されているようです。
私が読んだ初版は、それはもう、オソロシイの一言に尽きました。
イラストを担当されたのは「ゲージツ家のくまさん」こと篠原勝之センセイだった、と
最近になって知りました。
本の内容もさることながら、この挿絵がリアルで、とても怖かったのです。

小学生が対象の課題図書の挿絵が
頭蓋骨が山積みになった写真だったり・・・でも今にして思えば
本当に怖かったのは挿絵ではなく
淡々と書かれた9月9日の出来事だったのでした。

ノーモア ヒロシマ。
ノーモア ナガサキ。
安らかにお眠りください、あやまちはくりかえしませぬから。
この誓いが忘れ去られてしまわないように。

ふたりのイーダ

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以前にも同じことを書きましたが。

小学校の夏休みにこの本と出合いました。
かつて日本に戦争があって
8月6日、広島に原爆が落とされたことを知りました。
戦争を知らない子どもだった私だけれど
それがどんなに悲しくて苦しくて痛ましいことだったか
想像することはできました。

戦争や核兵器は世の中にあってはならないものです。
どんな理由があっても、それは正義にはなり得ない。
どこかのイカレた政治家が
戦争で死にたくないのは利己的な考え、というようなことを呟いて
問題になっていますが
死にたくないと思うことも
大事な人を戦地に送りたくない、死なせたくない、殺させたくないと思うことも
今更言うまでもなく、至極当たり前のこと。

この本は児童文学だけれど
大人にこそ読んでほしい一冊です。
原爆投下から70回目の夏がやってきました。

要受診 その後

病院での検査の結果を院長に報告したところ
尿によるがん細胞の検出は陽性率が低いよ、と。
それよりも、時々尿潜血を調べて
反応がずっと同じかどうか確認したほうが良いそうです。
反応に変化がある(±に戻ったりまた3+になったり、など)場合は要注意。

3~4か月に1回は調べてみたほうが良いよ、と教えていただいたので
「院内で自分で調べさせていただいてもよいでしょうか?」
とお伺いを立てたところ、快諾していただきました。

ありがとうございまーす!

病院勤務で良かったな、としみじみ感謝です。

要受診

6月に、職場で集団健診を受けたのですが
ひと月後に届いた結果は「要受診」でした。

昨年は鉄欠乏性貧血で「要受診」でした。
今回の健診ではヘモグロビン値はぎりぎりセーフ、
悪玉コレステロールの数値がやや高め。

引っかかったのは、尿潜血でした。
今までも検査をすれば±ぐらいの反応は常にあり
数年前にも一度
MRI、造影剤を入れてのレントゲン撮影など
精査してもらい、
異常なし、無症候性血尿と診断を受けています。
でも今回は潜血反応3+。
念のため職場でも自分で計測してみたりしましたが同じでした。

以前精査してもらった病院をまた受診しました。
尿検査、腎臓と膀胱のエコー、レントゲン撮影をしてもらいました。
尿にがん細胞がおりて来ていないか確認するのに時間がかかる、とのことで
1週間後に結果を聞きに再診することになりました。

結果が出るまでの間は
どんどんネガティブなことを考えてしまって
もし、膀胱がんとか腎臓がんとか見つかったらどうしよう
あとどれぐらい生きられるのか
自分がいなくなっても娘たちはもう社会人だし
とりあえず生きていくことはできるだろうけど
それでもやっぱり心配で
夜になるたび鬱々としていました。

昨日、結果を聞きに行ってきました。
結果は「異常なし」でした。
先生のお話によると
年齢的なもので潜血が増えることがある、と。
即ち、腎臓というのは尿をろ過するふるいのようなもので
歳を取るとだんだんふるいの目が粗くなっていくため
今まで通ってこなかった赤血球が
ふるいの目を通過するようになるそうで。

尿蛋白が同時に出ていなければ心配ないとのこと。
でもたぶん今後も検査するたびに潜血反応は出るだろうから
その度ちゃんと受診しなければならないようです。

貧血と潜血。
一病息災というけれど
上手く付き合って
もう少し生きていられるように頑張らないと。

小さなお星さま

2年前のクリスマスの前々日に
縁あってうちの子になった
元捨てフェレットのモンゴメリさん。

小さな襟巻みたいで
もこもこで、可愛くて。

だけど。
うちへきて、ちょうど4か月目の夕方
突然のけいれん発作を起こし
動物病院で
「インスリノーマ」というフェレット特有の病気であることが
わかりました。
この病気になると、低血糖を起こしやすく
「かわいそうだけど、この子とはもうあまり長くはいられない」と
獣医さんに宣告されました。

今できることは
とにかく低血糖にならないように
ブドウ糖液とか砂糖水とかを与えて
食べられそうなら高カロリーのものをあげて、と。

それからというもの
スポイトで少しずつ
モンゴメリさんの口に砂糖水を落としてやったり
フェレット用の餌ではカロリーが足りないから、と
子猫用の離乳食やミルクを与えたりして
お嬢の介護が始まりました。
その甲斐あって元気を取り戻し
ゲージの中をくるくる動き回るようになっていたのに。

今日、2度目のけいれん発作を起こし
動物病院へ連れて行くお嬢の車の中で
息を引き取ったそうです。
「最後にキーキー鳴いてたから苦しかったんだと思う。
かわいそうだった」って。
ひとりで看取ったんだね。辛かったね。

余命宣告をされてから
1年以上も生きてくれたモンゴメリさんも
よく頑張ったね。
短い間だったけど
うちの子になってくれて、ありがとう。

第65回県ろうあ者大会

県ろうあ者大会に参加してきました。
昨年は中部、今年度は東部地域での開催です。
会場へは、高速を使えば1時間ぐらいの距離ですが
お天気もいいし、他に予定もなかったので
2時間かけてゆっくりと一般道でドライブを楽しみました。

聴覚障害者関連の行事に参加する時
健聴者の場合、お友だち同士誘い合って
まとまって行動する人が多いのですが
私は敢えての単独行動です。
人見知りだから、相手に気を遣って疲れてしまうということもあるし
そもそも、健聴者同士で固まっていると
他の参加者(特にろう者)とあまり交流しなくなってしまうから。

今日も単独行動でした。
ホール内は飲食禁止だったため
昼食が取れる場所を探してうろうろしていると
『お、久しぶり!こっちへおいでよ』と誘ってくれる手。
『座っていい?ありがとう!』とご一緒すると
『久しぶりだなぁ。元気だったか?
最近顔を見ないから心配してたんだ』
『通訳派遣、行ってるか?』
『あなたを信頼しているんだから、辞めるなよ』って。

ホールの席に戻って資料を読んでいると
「あら、久しぶり、お疲れ様です」って懐かしい声。
初めて手話サークルに入った時から
ずっと応援してくれて、引っ張ってくれた
サークルでのお母さんみたいな方。
(実際に、娘さんと私の年齢も同じぐらい)
「がんばっているわねぇ」
「あなたのことはずっと期待して応援しているから
活躍されているのを見るとうれしいのよ」
「忙しいでしょうけど、身体に気をつけてね」

そしてまたしばらくすると
『隣空いてる?座ってもいい?』って
顔なじみのろう者がやってきて。
大会が終わるまでずっとあれやこれやの世間話をしていました。

こういう時間が、すごく好き。

記念講演の講師の手話も楽しかったし
半日ずっと手話を読み続けていました。
手話は言葉なんだから当たり前なんだけど
せっかちな手話、マイペースな手話
元気な手話、優しい手話、
いたずらっぽい手話、生真面目な手話…
性格が表れていて、本当に魅力的な言葉。

この、手の紡ぎだす言葉があふれる空間にいられること。
気にかけてくれて、応援してくれて
仲間として認めてくれる人と一緒にいられること。
それが何よりうれしいのです。

展開早すぎ

女子高出身な上に出会いがなくて
カレシいない歴=年齢だったカンちゃんにも
どうやら共通の趣味を(車くるまクルマ…)通して
初カレができたらしい。

毎晩のように長電話、line…。
私のころは親に気兼ねしながら
お茶の間の固定電話だったり
お手紙のやり取りだったりしたけど(遠い目)。
時代ですかねぇ。

カレとは海を挟んだ遠距離だったようですが
近々仕事の関係で
隣の県に引っ越してくることが決まり
手続きに来る際に会うことになったそうで。

「お母さんにもぜひごあいさつさせていただきたい」と。

まさかの
「お嬢さんをボクに」のパターンじゃないでしょうね?
いやいや、それはちょっと早すぎる。
でもちゃんと筋を通そうとするところは
評価してよいのでは?

基本的に
DVとかモラハラとか借金とかギャンブルとかは
絶対NGだけれど
そんなことは付き合ってみなければわからないし、
とりあえず
「真面目に働く」
「目標を持って努力する」
が最低条件かも。

カンちゃんには
「人として尊敬できる相手じゃないと難しいよ」
とは言いましたが。

まだ22歳だよ早いよ、とは言うものの
私が嫁に行ったのは23歳と10ヶ月でした。
早すぎて殿方を見る目が養われていなかったのが
敗因とも言えますが。

ひとりの食卓に向かいながら
老後のおひとり様生活について
真剣に考えてしまいました。


再びメディアリテラシー

前回の記事で、
情報の受け取り手である私たちが
その情報の真偽を見極める力を持たなければ、と
書きましたが。

先日読んだ、内田樹先生の著書には
メディアリテラシーとは情報の受け取り手に求めるものではなくて
発信する側こそがその情報が正しいものであるか否か
考えなくてはならない、というようなことが
書かれていました。

これって
鶏が先か卵が先かの論争のようになってしまいそうですが…。

平ったく言うと
ガセネタ掴まされた挙句
それを実しやかに吹聴して回る愚かしさを
指摘されているのかな、と。
でもそれよりタチが悪いのはやはり
ある種の意図を持って
民衆を搖動しようとするやり方だと思うのです。

相手の意のままに踊らされるのは癪だから
やっぱり私たちにも
情報を鵜呑みにしないよう気を付けなければ。

メディアリテラシー

昨日の大阪の投票
他県民ながら結果が気になるところでした。

橋下市長については
こもごもご意見があることとは存じますが
ワタクシ個人といたしましては
市長就任当初に比べて
なかなか良いお顔になられたのではないかな、と
感じる所存でございます。

しかし、本日の地元紙一面の記事です。

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ニュースで拝見した感じでは
(内心どう思っていらっしゃったかは別として)
実にさばさばとした笑顔でいらっしゃったように思うのですが。

穿った見方で恐縮ですが
担当記者の方の
「こうであってほしい」という意識のもと
選び出された一枚のショットではありますまいね?

かれこれ20年以上も前のこと
この地元紙の投書欄に記事を送ったことがあります。
字数の関係で、内容を削られて掲載されました。
削られたのは
起承転結の「結」の部分、
「起」の部分だけがクローズアップされた形になったため
私が主張したかった事とは異なる内容で
掲載されてしまいました。

メディアというものは
報道の仕方如何によって
全く異なる捉え方をされてしまう
その恐ろしさを実感しました。
以来、報道を鵜呑みにしないよう気を付けてはいるのですが。

写真の選択ひとつでも
印象が大きく異なります。
そこに報道する側のある種の意図が込められた場合
社会の動きをけん引することにもなりかねません。
私たちは普段から
報道が正しく公平なものであるか否かを
見極める力を身に付けなければならないな、と
改めて感じた次第です。

知らなければわからない

本日は会議と通訳で一日お街に出かけていました。
帰り道、電車を降りて改札を出て左に曲がると
売店の前に2台ある公衆電話に
数人の列ができていました。

電話をかけている人、並んで待っている人が
皆私の親世代のご婦人方でした。
たぶん皆さん
「今駅に着いたので迎えに来てください」
っておうちに連絡されているのでしょう。

この年代の、特にご婦人であれば
携帯電話をお持ちじゃなくても不思議ではありません。
私の両親も、母が闘病中は父との連絡用に
携帯電話を持っていましたが
母が亡くなった後は
使わないから、と父も解約してしまいました。
父としてはそれでもまったく不便を感じていないとか。

携帯を持っていれば電車の中からでも
「今電車に乗りました」
「○分ごろ駅に着くのでお願いします」
なんて、メールやLINEで連絡ができるのに
携帯を持っていないとやっぱり不便だな、と思うのだけど
「ない」のが「当たり前」だと
便利とか不便とか、感じることもないのかもしれません。

うっかり家に携帯を置き忘れて外出すると
どうにも気になってそわそわしてしまうけど
もしかすると、そんな気分になる方が
「不便」なのかもしれないですね。

ただ好きなだけなのに

「手話」という美しい言葉を覚えたい、と
ただそれだけの単純な思いで足を踏み入れてしまったこの世界。
もっと上手くなりたい、もっとろう者の話が分かるようになりたい、
そして初級手話講習会、奉仕員養成講座、手話通訳養成講座…と
なんとなく上手くベルトコンベアに乗せられてしまったような。

何かの間違いで統一試験に合格して手話通訳者となり
その後もまた何かの間違いで士試験に合格してしまい…。

地元から誰か一人、と依頼があって
すったもんだの挙句、県通研の事務局に入り…。

通研は
手話を守り、ろう者を守り、手話通訳者を守るための
運動団体。
私は、運動員になるために手話を始めたんじゃないのに。

手話で、聴こえない人たちと話ができればいい。
ろう者が必要と言ってくれるから、手話通訳をする。

でも
手話という言語を守るためには、運動が必要。
いつでもどこでも手話通訳がいる世の中を実現するには
やっぱり運動が必要。

大好きな手話を続けるためには
大好きなろう者の暮らしを守るためには
闘わなければならない時もある。
分かっていても
やっぱり私には運動員なんて無理。
楽しく手話が出来ればいい。
ただそれだけなのに。

あだ名

昨年6月に、高校3年の時の同窓会が開かれ
実に32年ぶりの再会を果たしたりしましたが
それを機に
恩師がシナリオを書いている演劇を観る会だとか
忘年会だとか
地元に暮らしている人たちは
旧交を温めているようです。

この夏にも
母校で教鞭をとっている同級生が
懐かしい学舎を案内してくれるプチツアーを企画してくれて
その後は納涼会を開く旨、お知らせがありました。

母校は、明治40年創立の県立第五中学校からなる
歴史ある学校です。
江戸川乱歩や、「日本のシンドラー」こと杉原千畝氏がOBであることは
卒業生の誇りでもあります。
また、「感喜堂」という地元最古の講堂の存続について
同窓会が主体となって運動を巻き起こしたことは
地元ではなかなかのニュースになったようです。

その母校の見学と納涼会の案内がきて
当時の友人たちで
「一緒に行こう!」と盛り上がったのは言うまでもなく。

イマドキだな、と思うのは
そう言った連絡がすべて
携帯だのパソコンだののメールで行われるということ。
そしてそれ以上に
五十路を過ぎたオバチャンにも関わらず
自他ともに、当時のあだ名で呼び合っている、ということが
なんだかくすぐったくて。

私なんぞは既に当時の名前に戻っているので
氏名を名乗っても良いのですが
女子の場合はほとんどが名前が変わっているので
現在の名前で名乗られてもピンとこないし
かと言って旧姓を使うのもなんだかなー、ということで
当時のあだ名を便利に使ってしまうのでしょう。

名前の呼び方ひとつで
長い時間の流れを一気にさかのぼってしまうというところは
すごいなーと思います。
しかし、この齢で
「きょーちんです」とかいうのも、ちょっと恥ずかしかったりして。
うぬー。

日本人の誇り

藤原正彦先生の著書に
同じタイトルのものがありますが
けっしてパクリではありませんのであしからず。

先日行われた安倍首相による
アメリカ議会での演説について。
演説の内容についてあれこれ物議を醸していますが
それはそれとして。

私がどうにも納得できないのは
何故、日本語で演説しないのか、というところ。
安倍首相の英語力が如何程のものかは存じ上げませんが
日本を代表して渡米した首相として
堂々と自国の言語で語って欲しかった、と思うのです。

英語を第一言語とする人々が多数だからそこに合わせる、というのなら
外国語通訳を使えばいい。
もし、通訳の言語変換のニュアンスを気にするのであれば
関係省庁で練った英文の原稿を
事前資料として通訳者に渡せばよいのではないでしょうか。

今回のステージはアメリカでしたが
もしこれが、日本の国会で
オバマ大統領が演説をしたとしたら
大統領が演説の全文を
日本語で行ったりはしないでしょう。

古来から、戦で勝った国は負けた国から言語を奪ってきました。
それは、敗戦国の誇りを踏みにじり
手っ取り早く服従させるための手段でもありました。
日本はかつて確かに戦争に敗れたけれど
だからといって日本人の誇りを
自ら投げ出してはいけないと思うのです。

私は
日本という美しい国が好きです。
日本語という美しい言語が好きです。
自分が日本人であることに
誇りを持って生きていきたい、と思っています。



ブレーキランプ

先日オイル交換をして
メンテナンスって大事、と実感したばかりです。

休日に長距離走行したライフちゃん、
フロント部分に羽虫さんたちが付着してしまったので
洗車してきました。
アパートの駐車場にも水栓はあるのですが
他の車に水しぶきをかけてしまいそうなので
洗車は専らガソリンスタンドのコイン洗車です。

行楽シーズンだからでしょうか、
洗車機もなかなか混んでいました。
順番に並んで、前の車が終わったので出るのを待っていると
前の車のブレーキランプが片方切れていました。

自分の洗車が終わって拭き上げスペースに移動した後
さっきの車のドライバーさんに
右側のブレーキランプがキレているみたいですよ、と
声をかけました。
それを近くで聞いていたスタンドの店員さんが
「よろしければ私がブレーキを踏んでみるので
確認してもらえますか?」
と、フォローしてくれました。

ドライバーさんは私よりも年上のご婦人でしたが
「あら、ホントだわ」
「ランプのスペアは持っているのだけど」←スゴい
「後ろのランプだと自分じゃ気が付かないのよねぇ」
ドライバーさんからも店員さんからも
「教えてくれてありがとう」ってお礼を言ってもらいましたが。

ホントにね、自分じゃ気が付かないのだけど
「整備不良」ってことで免許の減点対象なのよね。
ランプが切れたら何かの方法で知らせてくれると良いのに、と
思った次第です。


プロフィール

まっくろくろすけ

Author:まっくろくろすけ
職業:病院職員、手話通訳
趣味:読書、パズル(特にナンプレ)
性格:真面目で硬そうに見えて
   実はだるだる
   しっかりしていそうで
   どこか抜けている
好きな言葉:
 「微力だけど無力じゃない」
 「過去と他人は変えられない。
  未来と自分は変えられる」
座右の銘:ケセラセラ
   (なるようになる)

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